第 6 架 拡張 41 / 45
フォーク史
Bitcoin Cash、Bitcoin SV、そしてソフトフォーク。ビットコインの歴史における重要な分裂と、「不変性」を巡る哲学的な闘争。
約11分
記事概要
昨日まで同じ歴史を読んでいたネットワークが、今日から別のルールブックを選ぶ。フォークはコードの話であると同時に、人が足並みをそろえる物語です。
理解の手がかり
同じ地図を持つ登山隊が分岐点で別の道を選び、どちらもそこまでの道のりは共有したまま進んでいく。チェーンの分岐は、その姿に近いものです。
比喩の限界
ソフトフォークとハードフォークでは互換性が違い、ソフトウェアの更新がすべて新しいコインを生むわけではありません。名前も価格も正統性も、技術だけでは決まりません。
この記事の構成
「code is law」という一言の外側で、ソフトウェア・マイナー・ノード・市場・人が折り合いをつける現実を見られます。
用語集を開くこの記事の目次7節
1ハードフォークとソフトフォーク
フォーク(fork)とは、ブロックチェーンのプロトコルを変更することです。既存のネットワークから新しいルールへ分岐することを指します。
ソフトフォーク(Soft Fork):新しい有効性ルールが、既存ルールの部分集合になる変更です。新ルールを実装していないノードも、新ルールを適用するノードと互換性を保てます。つまり下位互換性があります。
ハードフォーク(Hard Fork):新しい有効性ルールが既存ルールと互換性を持たない変更です。新ルールのノードと旧ルールのノードは、それぞれ別のチェーンを正しいものと認識します。下位互換性はなく、旧ルールを支持するノードとハッシュパワーが残る限り、チェーンは2本に分裂します(旧ルール側が完全に消滅すれば分裂は残りませんが、実務上は分裂が起きる前提で扱われます)。
ソフトフォークには非対称性があります。新ルールが既存ルールのサブセットである以上、変更は「これまで有効だったものを無効にする=厳しくする」方向にしか進めません。逆に2,100万枚の発行上限を緩めたり、ブロックの上限を引き上げたりする「緩める」変更は、必ずハードフォークになります。「Bitcoinのルールは変えにくい」と言われる技術的な根拠はここにあります。
ビットコインには、保守的にソフトフォークを好む傾向があります。SegWit(2017年)もTaproot(2021年)も、いずれもソフトフォークでした。ハードフォークは分裂を招きやすいため、コミュニティの総意が得られない限り避けられます。
UASF(User Activated Soft Fork)は、2017年のSegWitで実践された手法です。マイナーのシグナリングではなく、ノード運用者(ユーザー)の意志で有効化する形をとります。
2ブロックサイズ戦争(2015-2017年)
ビットコイン史上、最も激しい内部論争でした。1 MBのブロックサイズ制限をどう解決するかで、コミュニティは二分されました。
「ビッグブロック派」:ブロックサイズを単純に拡大するという立場(ハードフォーク)です。主要な提唱者は Roger Ver や Jihan Wu(Bitmain)で、BIP 100/101/102/109 など複数の拡大案が浮上しました(後述の BIP 148 は拡大案ではなく、スモールブロック側の手段です)。
「スモールブロック派」:SegWit と Lightning Network などのL2で処理能力を伸ばすという立場です。Core 開発者コミュニティの主流で、BIP 141 SegWit がこの陣営の核でした。
ニューヨーク協定(2017年5月):主要企業とマイナーが署名した「SegWit + 2MB ハードフォーク」という妥協案です。のちに2MBフォークの部分は放棄され、SegWitだけが有効化されました。
2017年8月1日、BIP 148(UASF)が発動。これに先立って7月21日にロックインしていた BIP 91 によりマイナーのシグナリングが揃い、SegWit は8月9日(ブロック479,808)にロックイン、8月24日(ブロック481,824)に有効化されました。同じ8月1日、ビッグブロック派は Bitcoin Cash(BCH)をハードフォークで分離しています。
3Bitcoin Cash(BCH、2017年8月1日)
ビットコインで最初の主要なハードフォークです。ブロックサイズを8 MB に拡大し(後に32 MB)、オンチェーン決済の実用性を重視しました。
Roger Ver(通称「Bitcoin Jesus」)が強力なマーケティングを展開しました。一時は「Bitcoin の真の後継」として、米国やアジアで大きな支持を得ています。
2018年11月には、BCH の内部でさらに分裂が起きました。Craig Wright(自称サトシ・ナカモト)と Calvin Ayre が主導する Bitcoin SV(BSV)が、Bitcoin Cash ABC から分岐しています。
2020年11月15日、BCH からさらにチェーンが分岐(当初の名称は Bitcoin Cash ABC=BCHA)。2021年7月に eCash(XEC)へ改称し、1枚を1,000,000 XEC に分割するリデノミネーションを実施しました。
2026年8月時点で公開されている時価総額の集計では、BCH は Bitcoin の1%未満です(集計サイトによって数値には幅があります)。「Bitcoin のブランドを巡る論争」としては Bitcoin が圧勝する結果となりました。
4Bitcoin SV(BSV、2018年11月)
Craig Wright が「Satoshi Vision」(サトシの本来の構想)を掲げて BCH からフォークしました。ブロックサイズの上限は撤廃し、無制限としています。
Wright 自身が「サトシ・ナカモトである」と主張し続けたため、コミュニティの内外で激しい論争になりました。2024年、英国高等法院の判決で Wright が「サトシではない」と認定されています。
大規模な上場廃止も起きました。2019年、Binance、Kraken、ShapeShift などが BSV を上場廃止としています(Wright による個人攻撃的な法的脅迫への対応でした)。
2021年、BSV は51%攻撃を受けて複数のブロックが再編成され、セキュリティ上の弱さが露呈しました。
2026年時点でBSVの時価総額はさらに縮小しています。「失敗したフォーク」の代表例として歴史に記録されました。
5主要ソフトフォーク史
BIP 16 P2SH (2012):「Pay to Script Hash」。マルチシグなどのスクリプトを受信者のアドレスの中に隠す拡張です。
BIP 66 Strict DER (2015):署名形式を厳格にし、暗号学的な堅牢性を高めました。
BIP 68/112/113 CSV (2016):Relative TimeLock。2016年7月4日(ブロック419,328)に有効化されました。Lightning Network の基盤となる時限ロック機能です。
BIP 141 SegWit (2017):Segregated Witness。トランザクションの可鍛性問題を解決し、Lightning Network を可能にしました。
BIP 340/341/342 Taproot (2021):Schnorr 署名、MAST、Tapscript を導入しました。プライバシーを高め、Ordinals の基盤にもなっています。
6「Bitcoin」とは何か——ガバナンス哲学
ブロックサイズ戦争は「Bitcoin のガバナンスは誰が握るのか」という根本的な問いを鮮明化させました。
候補に挙がるのは、開発者(Core コントリビューター)、マイナー、取引所、大口保有者、一般の利用者(ノード運用者)、企業です。このうち誰が真の意思決定者なのか、という問いです。
この論争が示したのは、マイナーの多数決だけではルールを変えられないということです。どれだけ多くのマイナーが同意しても、フルノードがそのブロックを拒めば、それは別のチェーンに分かれるだけです。
ただし「ノード運用者だけが決める」と言い切ることもできません。ブロックを受け入れるかどうかはノードが決めますが、どちらのチェーンが「Bitcoin」として経済的な価値を担うかは、取引所のティッカー表記・市場の価格形成・利用者の選択——いわゆる経済的多数派(economic majority)——が決めます。ノードの拒否権は必要条件ではありますが、それだけで十分というわけではありません。
これは「permissionless(許可不要)」と「censorship-resistant(検閲耐性)」というビットコインの基本理念と一致します。
UASF(User Activated Soft Fork)という概念は、この「ユーザーがネットワークの守護者」という原則を実装した手法です。
7今後のフォーク展望
ソフトフォークの候補は次のとおりです(いずれも2026年8月時点の状況です)。OP_CAT は BIP-347 として仕様が「Complete」に到達していますが、メインネットの有効化パラメータは定まっていません。OP_CHECKTEMPLATEVERIFY(CTV、BIP-119、Draft)は、有効化を目指す独自クライアントが2026年3月30日からシグナリング期間を開始したものの、マイナーのシグナリング率は0%で推移しています(設定された有効化の閾値は90%)。OP_CHECKSIGFROMSTACK(CSFS、BIP-348、Draft)は CTV と組み合わせる案が議論されています。BIP への収載は有効化の決定を意味しません。
量子移行についても提案が出ています。BIP-360(Pay-to-Merkle-Root、Draft)は長時間の公開鍵露出を緩和する出力型を提案しますが、それ自体は耐量子署名ではなく、支出がmempoolへ出てからの短時間露出は解決しません。BIP-361(Post Quantum Migration and Legacy Signature Sunset、Draft)は移行と旧署名の扱いを論じます。いずれも提案段階で、有効化時期や採用署名は決まっていません。
ハードフォークについては、「本家」を主張する分岐は2018年の Bitcoin SV を最後に、市場の支持を得た例がありません。市場はフォークに疲れ、コミュニティはビットコインを選んだあと、新興のフォークを重んじなくなりました。
「Bitcoin は Bitcoin である」という単純な事実が、10年以上の論争を経てコミュニティに刻まれました。ネットワーク効果の強さを示す事実です。
主な参照元
- BIP-148 — UASF(SegWit強制活性化)
- BIP-141 — Segregated Witness (SegWit)
- Bitcoin BIPs リポジトリ
- Bitcoin Core — CSV ソフトフォークの有効化告知(2016年7月4日、ブロック419,328)
- BIP-360 — Pay-to-Merkle-Root(長時間の公開鍵露出を緩和するDraft)
- BIP-361 — Post Quantum Migration and Legacy Signature Sunset(Draft)
- 英国高等法院判決 COPA v Wright [2024] EWHC 1198 (Ch)(2024年5月20日、Mellor判事)
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引用情報 / Citation
- Title
- フォーク史
- Source
- ビットコイン図書館 (bitcoin.ne.jp)
- Canonical URL
- https://bitcoin.ne.jp/learn/forks
- Author
- KK siiiiiixth
- Topic
- forks
- Published
- Updated
- 最終検証 / Last verified
- Editorial policy
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変更履歴 / Revision history
- BIP 360を耐量子署名済みの出力型と誤読させる表現を是正し、長時間公開鍵露出を緩和するDraftで、短時間露出と耐量子署名は未解決と明記。
- ソフトフォークの互換性とハードフォークによる履歴分岐を対比する日英図解を追加。
- SegWitの有効化を2017年8月24日(ブロック481,824)に訂正しBIP-148の分類とCSV有効化年を是正、ガバナンスの断定をeconomic majorityを含む記述に緩和、covenant/量子耐性の提案状況を2026年8月時点に更新、COPA判決の引用を[2024] EWHC 1198 (Ch)に差し替え